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2009年10月21日
『秋が深くなってきました。チェンジ!』
今年の秋は駆け足でやってきます。
先月は、もう秋なのに・・最高気温が30℃以上の日々が続いたりして、どうしたのかしら??って、思っていました。
しかし、10月になってから朝夕などはめっきり寒くなっています。
衣替えの季節です。
暦を見ると10月23日は霜が降りる頃・・(霜降)です。ぐんと秋が深まるのですね。
『天高く。馬肥ゆる秋』と言われるように、食欲の秋です。
夏の野菜が身体を冷やす効果の多いものが主流ですね。しかし、秋の野菜は身体を暖めてくれる効果が期待されます。
例えば、イモ類などは秋の食材として代表格です。さつまいも・里芋などは秋を感じさせてくれますね。
さて、季節が変わる・・チェンジ・・と連想ゲームをしていくと今年はアメリカ大統領のオバマ大統領を思い浮かべます。最近はノーベル平和賞を受賞したとのニュースが世界を駆けめぐったことが記憶に新しいですね。
そのオバマ大統領夫人のミッシェル夫人は、ルーズベルト大統領夫人のエレノア夫人がホワイトハウス内に作った庭園をチェンジ!
何にチェンジしたのかご存知ですか? 家庭菜園にチェンジしたのです。
その畑ではケール、ほうれん草、ブロッコリー、スナップエンドウ等など多くの種類の食材が栽培されているそうです。
何のために家庭菜園にチェンジしたのかというと理由は二つあるそうです。
1)二人の娘達の食生活を健全なものにしたいという、母親としての思い
2)自分の子供だけでなく、アメリカ国民に対しても果物や野菜をふんだんに取り入れ、栄養バランスに 優れた食生活を送ることを提唱したい
という理由だそうです。
ミッシェル夫人は
「この菜園は、子供のマリアとサシャに良い食事を与えたい、という自分自身の体験から来ています。このオーガニックの菜園は、大統領一家の食事や公式な夕食の食物を提供してくれますが、最も大切な役割は、地元で採れた健全な果物や野菜について子供たちを教育することです。」と言っているそうです。
そして家庭菜園の雑草抜きは家族全員で行い、近くの小学校の学童を招いて一緒に家庭菜園を耕すなど、アメリカ国民全体への食育というメッセージも含まれているそうです。
アメリカでは健康維持・増進のために1日に摂取する穀物の半分は全粒穀物から摂取することが勧められています。しかし、実際には摂取されていないことが明らかになりました。
そこでアメリカでは、低所得層の学童や長距離通学をする学童に対して無料で朝食を提供するプログラムが制度化されていて、全粒粉を利用したホットケーキやマフィン、シリアルなどを段階的に増やしていく動きがあるようです。
私たちは、自分が食べたものでできています。
しかし、食べているものについてどれくらい知っているのか・・・が問題です。
日本では子供の朝食欠食や微量栄養素といわれるビタミンやミネラルの摂取不足が問題になっています。
朝食の欠食率は少しずつ改善しているようですが、問題は朝食に何を食べたかということです。
前回、お勧めしたように白米を玄米や雑穀米にチェンジするだけでも微量栄養素であるビタミンやミネラルと食物繊維をとることができるのです。
季節が変わるこの時期は、身体も少しずつ変化します。
外で活動しやすい季節です。
ご家族で家庭菜園をすることも素晴らしいですし、芋ほりに行ったりすることも素敵ですね。そして、体験を通じて、食と身体についてご家族で考えてみる機会を作ってみませんか?
投稿者 yoshikei : 11:47
2009年10月06日
『食文化に影響を与えた開港から見えたこと』
先月シルバーウィークというものがありました。
毎年5月にはゴールデンウィークがあるので、9月の敬老の日を絡めた連休をシルバーウィークというらしいですね。
その時に開港150年で観光に力を入れている横浜に行ってきました。
ホテルも、中華街も人で一杯でした。私の目的は旧友と会うことでした。
友人の指定した中華街のレストランに向かっていると、あまりにたくさんの人と同じような佇まいの店が多いこと、呼び込みの店員さんの渡すチラシを受け取りながら歩いていると道に迷ってしまいました。
横浜の道を日本語がたどたどしい中国の方に教えていただきながらようやく目指すレストランに到着!・・・横浜は面白いと思いました。
さて、開港150年記念行事にわいていた横浜ですが、開港した当時のことを食文化的に考えてみました。
もともとは種子島にポルトガル人が漂着してから後に、西洋料理の伝来が始まったとされています。その後は宣教師の方々によって長崎を中心に行なわれていたようですね。本格的に西洋料理が日本に入ったのは開港以来の明治になってからといわれています。
例えば、明治元年に横浜の開国人居留地には4軒のホテルの他に、レストラン、コーヒーハウス、パン屋さんもあったそうです。
そういう意味でも、横浜は日本の食文化において得意な位置を占めているといってよいでしょう。
今から150年前の1859年には外国人居留地に住んでいた人々は牛乳や牛肉を周辺の農家から入手し、母国の食文化を持ち込み、それを日本人が口にするようになったみたいです。
先日訪れた横浜では次のような年表が書かれていました。
1861年・・・W・グッドマンが日本で初めてパン屋を開業
1862年・・・日本初の本格的なレストラン「ゴールデン・ゲート・レストラン」がオープン日本で最初の牛鍋屋「伊勢熊」が開店
1864年・・・ファー・ブロス商会が日本で初めてソーダー水を販売
1865年・・・R・リズレーによりアイスクリームが日本初登場
1869年・・・ジャパン・ブルワリーが日本でビールを初醸造 等など・。
その後、日本人は横浜に持ち込まれた食文化を日本人の中に定着させていきました。
1867年・・・中川嘉兵衛が元町一丁目で日本人として初めてパンを販売
1869年・・・日本初の西洋料理店「崎陽亭」開店町田房造が最初の日本人製
アイスクリームを馬車道で販売
1881年・・・日本人による初めてのハム製造が鎌倉郡戸塚で開始
などです。
横浜は日本の食文化にとって特筆すべき場所となりました。
今ではすっかり『日本の食』となっている「すき焼き」「カレーライス」「ラーメン」は横浜を発祥の地としています。
先月のシルバーウィークに開港150年祭を行なっている横浜に行ったことにより、気持ちが新たになりました。
それは、今の日本に必要なことは何か・・を考えるきっかけになったからです。
日本、大好きな小泉八雲の記事によると、明治の労働者は麦の混ざったご飯でおにぎりを作り、沢庵などの漬物と一緒にお弁当として携帯していたらしいです。このお弁当に、魚の干物を食べたり、味噌汁などを食べたりしていると、今の日本では最高にバランスの取れた食事となるのですが・・・。
当時の日本は白米至上主義による脚気などが流行っていました。
それは明治時代だけでなく、江戸時代においても参勤交代で江戸に暮らす大名の家臣たちに「江戸わずらい」という脚気が流行っていたようです。
今回、文明開化のにおいがする横浜に行き、日本の食文化を考えてきました。
今の私たちは日本の食文化の良いところをしっかり受け継ぎ、実践し構成に伝える必要があると思います。
まずは、主食を白米から玄米や雑穀米に変えてみるだけでも「江戸わずらい」のような栄養不足から脱却できることを知りましょう。
私はそのための勉強が食育だと思うのです。
投稿者 yoshikei : 11:21
